誕生数秘学を使って潜在意識の活性化!あなたなら必ずうまくいきます。

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こんにちは。Healing voiceカウンセラーのゆーみんです。

今日は皆さんに私の自己紹介をさせていただけると嬉しいです。

今回も潜在意識の活性化する方法を、私なりにお伝えします。

◎私は1962年生まれの50代女性。

22歳で結婚し、保育士を経て、専業主婦を経た後、32歳でプロの司会業の道へ。

以来25年間結婚式の司会業を継続し、現在無理のない範囲で保育士もしています。

司会者として、結婚式場でマイクを握る仕事をしてきた私は、人とのコミニュケーションを取ることの楽しさに30代で目覚め、子育て以外にも、人の役に立って、喜んでいただくというお仕事を長年続けてきました。

田舎生まれ、田舎育ちの私のプロフィール

1962年3月に誕生した私は、小1の時に両親が離婚。

以来母親の実家の鳥取県鳥取市で小学校から高校までを過ごしました。

それまでは横浜にいたのですが、途中で転校もしています。

家庭内は、祖母、叔母、母、妹という家族構成でしたが、家庭内の空気はいつもひんやりした雰囲気が漂ってました。

子供なので、家の中で騒ぐと「気が悪い」と言われてましたね。

鳥取の方言で、うるさいという意味です。笑

人は、「豊かではない」という意識が心にあると、他人に愛を与える余裕がなくなるのかもしれません。

祖母も叔母も、本当は優しい所もいっぱいあったと思いますが、それを表現する事を躊躇うくらい、経済的な事がそれを覆い隠していたと思います。

お互いを思い合うことが難しい、いわゆるエネルギー不足の家族関係でしたね。

 でも、いつも無視されるという訳ではないし、仲の良い時もあったので、大人の顔色を見ながら、適当に大人の機嫌を取りながら毎日をのほほんと過ごしていました。

卑屈になるとか、暗くなるとかいう事もなく、まぁこんなものかなぁ…という感じです。

「幸せな家庭」という定義が元々あまりないので、却ってそれが良かったのかもしれません。

それに今から考えると、決して裕福とは言えない母親の実家に、親子3人で転がり込んだので、関係が良くなる筈がないですよね。

まるで絵に描いたように、祖母と叔母チーム、私たち親子チームという二極化した家庭で、何とか折り合いをつけて生活していました。

食事も途中から、一緒に食べる事はなかったです。

母と妹とは、仲良くやってましたが、母親と対祖母、叔母とはギクシャクしていました。(祖母は叔母に気を遣い、母親と距離を置いていたようです)

しかも母と叔母の仲の悪さは、致命的で、それは子供心にも寂しい現実として映りました。

決して祖母や叔母の事を嫌っている訳ではないですが、当時の子供としては、母親の味方をするしかないですよね。

楽しい雰囲気とは真逆の家庭だったからか、家庭のゴタゴタから目を外らすように、私はいつしか外の世界で楽しみを見つけるようになりました。

妹と遊ぶママゴトなどの空想の世界や、外で見つける遊びが何よりも楽しく、家の事で考え込む事は一切しないようにしていました。

でも、本当に不思議なんですが、父がいないという劣等感や、寂しさは一度も感じた事はなかったですね。

それは、母親が私や妹の為に一生懸命愛情を注いでくれた事が、誰よりも分かっていたからだと思います。

このように決してアットホームな家庭とは言えませんが、母親は私達姉妹が真っ当な大人になれるよう、本当に人一倍がむしゃらに働いてくれました。

そういう姿を見ていると、自然とお金の苦労をあまりかけてはいけないと幼い頃から潜在的に思ってしまうものですね。

小さい頃から、自分の欲しいものをねだったり、自分のやりたい事を自由にしたいと言った事はなく、それをする事に何処か抵抗があったように思います。

ただ、母の勧めで教会学校(クリスチャンの子供たちが集まる集会に、いつも妹と共に喜んで通っていました)それが当時の私の大きな楽しみのひとつでありました。

【人と関わる仕事、子供が大好き】

考えてみれば、小さいころから人の気持ちに敏感で、人の顔色を見るのが得意な子供でした。

我儘をいう事も良くない事だと何となく思ってしまっていました。

成績も中くらい、特に勉強が出来たわけではなく、運動もパッとしません。

たまに運動会のかけっこで1位を取ることがあったけど、脚光を浴びるのはそれくらい。

特技もなく、お稽古ごとのピアノもほとんど練習もせずに平気で行く、とてもおっとりした大人しい子供でした。

そう、一言で言えば、どこにでもいる全く目立たない子供。

そんな私が少し変化を見せたのは高校時代。

レベルも、当時は誰でも入れる田舎の女子高校で、一応普通科のクラスに入学。

そこで最初に出会ったのは、定年も近そうな家庭科担当の担任の先生でした。

けっして、パッとした感じの先生ではなかったけど(ごめんなさい)

いつもにこにこして、廊下すれ違うと

「○○さん、今日もよく来たね。握手!」といつも声をかけてくれるのです。

中学時代、個人懇談以外で先生と話したこともなかった私は、本当に驚きました。

妙に嬉しいような、恥ずかしいような不思議な気持ちでした。

人から関心を寄せてもらえたことで、高校生活がなんだか楽しくなり、その後はなぜか勉強に集中出来るように・・・。

真ん中の成績から、気が付けば、学年トップの成績に。

私の初めての成功体験でした。

成績が上がると、他の先生も名前を憶えてくれたり、目をかけてくれるようになったのです。

高校時代は本当に色んな先生から、目をかけてもらい、可愛がってもらいました。

高校で先生方に特別に目をかけてもらえたのが嬉しくて、その後の私はますます勉強に励み、憧れの東京のクリスチャン系の短大に入学しました。

その後の私(学生時代)

T短大に入学した私はその後も水を得た魚のようでした。

大好きな子供と関わる仕事をするという目標を持ち、保育士になるため、ここでも必死に勉強。

自分のスケジュールを自分で管理したりするのも楽しかったし、好きな趣味も選べる環境にいて、

歌のサークルに入ったり、教会でもう一つの居場所を作ったりしていました。

特に印象が深かったのは、教育学の授業。

子供の発達に欠かせない事、

「education教育は~引き出す事」最も大切な事と習ったことです。

これは衝撃でした。

教育は教えて導くものと思っていた私に、子供の教育で大切なのは、子供の良さを引き出す事なのだと、180度違う考え方を聞いたからです。

クリスチャン系の大学で、人智を超えた大きな存在が常に私たちのそばにいてくれるという感覚も、自然に私の体に染み込んでいきました。

卒業後は地元の幼稚園で保育士として働きました。

自分の親と同じくらいの年配の先生方に囲まれ、随分鍛えられましたね、精神的に〜。

今から考えても良い経験だったと思います。

22歳で結婚。

子供に関わる仕事に充実感を感じていたものの…

当時の私は、子供は母親が育てたほうが良いと思う古い考え方からどうしても離れられませんでした。

なので子供を授かると同時にあっさり退職。

そして今度は、10人家族という大家族の中で、一家の中心となり子育てと家事をこなす超忙しい日々が始まりました。

ここが私のコミュニケーション能力を磨く場として、フル回転する日々。

ママ友もでき、それなりに子育てにも奮闘してきましたが

心のどこかで、教育の場に復帰したいという思いが常にありました。

でも、小さな3人の子を抱えて、保育園に預ける勇気もなく、ちょっと悶々としていましたね。

でもやはり、もう一度社会で活躍してみたいという思いは心の中でふつふつと湧き上がってくるのです。

そんな時に訪れた第2の転機

あっさり幼稚園の仕事を辞めた私には、その後復帰してほしいという現場の要請はありませんでした。

そんな時、たまたま新聞のチラシの広告で見た「結婚式の司会者募集」の文字があっさり飛び込んできました

たまたま上の子が小学校に行っており、下の2人の子も幼稚園に入園していました。

これなら、先生の元にレッスンに通える!!

※仕事に行けばお金ももらえる

※仕事も週末だけで、短時間。

この条件が当時の私にはすごく魅力的に映りました。

「よし、保育士に復帰するのは止めて、司会者になろうと」私が決めた瞬間でした。

これが、次のステージに行った私のいきさつです。

感動。未来への展望が広がる

今まで1000組以上の若いカップルと出会いました。

そこで思い出したのが若いときに学んだ「引き出す」ことの大切さです。

人にはそれぞれ唯一無二の個性があり、誰もが磨けば光る原石を持っている

私は、関わった人の魅力を引き出し、より幸せになってもらうために、感謝の気持ちを届ける事、ありがとうという言う思いを沢山感じてもらえるよう、笑顔にさせていただく勉強や経験を沢山させていただきました。

人を応援する事が、応援される方から沢山の幸せのエネルギーを返してもらえる

これがこの仕事について、引き出す事の実践を行ってこれた大きな要因です。

次のステージへ(セラピストへの道)

そんな風に、田舎でのんびりと子育てをしながら司会の仕事を続けてきた私は、2013年に大阪に引っ越しました。主人がもともと大阪で働いていたので、すでに住居があり、孫の子育てを手伝いながら、都会の生活も楽しいなと感じ始めていました。

そんな時、またスマホの画面を見ていたら、誕生数秘学入門の広告が飛び込んできました。

どんな波がやってきても、誕生数秘学の智慧を使えば、問題なし。

あなたのこれからの人生をクリエイティブに創造できる、ピタゴラスの考えをもとにした教育学??

これは何?

この疑問から、私の好奇心に火が付き、誕生数秘学の門を叩くことになったのです。

2017年にナンバーインスピレーションカードのセラピストになりました。

私の目標は

教育や心理学の知識をもとに、これからいろんな人生を歩む30代や40代の方に、ほんのすこしだけ人生を先に歩いてる私が、数秘学の智慧を活用しながら、その人の良さを引き出す事をこれからはやりたいと思っています。

その人本来の強み良さに気づいてもらう事。

そして、悩みを自分で解決できるよう、問題の種を発見できる力を付けて欲しいのです。

人に依存するのではなく、自らの頭で判断し、自分の心の声を大切にする。

自立した幸せな人生を、幸せな人生を見付けてもらいたい。

潜在意識を活性化させる方法

これは私が体験して感じた事です。

⓵自分がピンときた事は、取り敢えずやってみる(即チャレンジ)

②自分の好きな事、興味のある分野から、やりたい事を探す。

③新しい事を見つけたら、暫く継続を心がける。

④継続してみて違う気がしたら、撤退する勇気も必要。

⓹取り組んだ事に出来るだけワクワクした気持ちで取り組む。

⑥自分は必ず出来ると、根拠のない自信を持ってみる。

いかがでしょうか?

今日も応援しています。

出会ってくださりありがとうご座います。byゆーみん

 

特技も特別な才能も何も持ち合わせてなかったごく普通の主婦が、

人との出会いを通し

好奇心旺盛の性格と

ぶきっちょだけど、なぜか素直さだけは人一倍!

そんな私が

少しでも参考になれば嬉しい、そんな強い思いを強く持って、

幸せになる人を応援するプロジェクトを立ち上げました。

教育や心理学、潜在意識に興味がある人に….。

分かりやすく誕生数秘学というツールを使ってシェアしていきます。

一緒に幸せの扉を開いていきましょう。

 

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