仏教の教えから私が学んだ事

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潜在意識
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おはようございます。
開運セラピストのゆーみんです。

 

今日の山陰地方は1日雪マークとなりました。⛄
やった雪が消えたと思ったら、昨日から沢山雪が降っています。

 

天気予報はやはり正確ですね。
まだまだ寒さも続きますので、皆さんも暖かくしてお出かけください。

 

さて、今日は「類は友を呼ぶ」の話をします。
仏教の「六道」の話をしていきますので、興味のある方はご覧ください。

仏教の教え

昨日は朝活で、仏教の教え「十界」について学びました。

この世はピラミッドのようになっていて、それぞれ心の状態に応じて10の段階に分かれていると言われています。

  • 一番下の層が「地獄界」と言われるものです。

    ①地獄界→②餓鬼界→③畜生界→④修羅会→⑤人界→
    ⑥天界と上がっていきます。

🌈この6つのピラミッドの層を「六道」と言います。
ピラミッドから分かるように、上に行けば行くほど、意識が高い人となっているのです。

 

🍀六道とは、人間の内面に置いて繰り返される「輪廻」世界を指します。
だからいつも同じところにいるとは限りません。

 

朝は穏やかで、本当に素晴らしい心の状態の人であっても、夕方にはイライラして、修羅界に落ちてしまうことだってあるのです。

 

だから仏教では、出来るだけ自分の欲を減らし、一定の心の状態を保つように教えられたのだと思います。

 

特に日本は、ヒエラルキーの要素(ピラミッド型の階層組織)で動く人が多く、縦社会の文化が根強く残っています。

 

自分より上の身分の人だと解釈すると、そこには頭を下げるけど、下だと判断すると横柄な態度をとってしまったりします。

 

六道もインドのカースト制度のようなものです。
同じ階層の心の状態の人たちと、一緒に過ごす場合が多いです。

 

では、それぞれどんな心の状態であるのか探っていきたいと思います。

六道とは?

今日は六道について教えてもらったので、それぞれの世界について、詳しく述べたいと思います。

 

  1. 地獄界・・生きていること自体が苦しく何を見ても不幸に感じる
  2. 餓鬼界・・欲望を創造の方向に使えず、欲望の奴隷となって苦しむ
  3. 畜生界・・人間らしい理性が働かない境涯
  4. 修羅界・・素直さなどなく人を見下し馬鹿にするが、本当に強いものにはへつらう
  5. 人界・・人間らしさを保っている境涯
  6. 天界・・嬉しい事があり、喜び事の多い環境の人

 

こんな感じの心の状態だそうです。
さて皆さんは、いつもどんな心の状態で生きておられるでしょうか?

 

この世は玉石混合の世界だから、天界の人と地獄界の人が一緒に住んでいる世界と言っても良いと思います。

 

天界の人は、それはそれで住みにくいと感じ、地獄界の人は天界にいる人と一緒にいる事は出来ないでしょう。

 

まさに「類は友を呼ぶで」、同じような階層の人でないと周波数が違うので、とても居心地が悪くなってしまうのです。

 

つまり、地獄界から抜け出せないと、あの世に行ってしまった時に、本当にその世界から抜け出せなくなります。

 

同じように自分の事しか考えない人ばかりしかいない世界に行ってしまうからです。

 

今なら、まだ軌道修正をするチャンスがあると言ってもいいかもしれませんね。

まとめ

最後になりますが「泥かぶら」というお話を聞いたので、ここでシェアさせて頂きます。

 

あるところに一人の女の子がいて、人さらいの手によって売られるため連れていかれます。

 

でも、その女の子は通る道すがら、誰に会っても「こんにちは!」とにっこり笑って挨拶をしたのだそうです。

 

これから売られて、劣悪な場所に連れていかれる運命と分かっていても、少女はにっこり微笑んで挨拶を交わすのです。

 

最初、人さらいは「うるさい!やめろ!」と言って少女を怒ります。
でも少女はそれでも、通りすがりの人に挨拶をし続けます。

 

最後には、とうとう人さらいの方が根負けして、その心まで変えてしまったという話です。

 

このように世の中には劣悪な環境にあっても、笑顔を絶やさないで、人の為に奉仕したり、明るさを最後まで失わない人がいます。

 

こんな人は、生きながら天上界にいる生き方をしているのではないでしょうか?

 

こんな人が地上に沢山いればいいなと思います。
少なくても、明るい気持ちで生きていれば、自殺したくなるようなことはなくなると思います。

 

明日は、仏教修行によって得られる境涯、「四聖」について考察します。
少しでもお役に立てれば嬉しいですね。

 

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

コメント

  1. 仏教では、天界に昇るために、欲を極度に否定しますね。欲を持っている限り、輪廻転生を繰り返します。
    これは、説法の違いはありますが、カトリックも欲を嫌います。イスラムもより厳しい戒律によって、欲を戒めます。プロテスタントは、比較的欲を容認しますが、それでも神様の道に外れない程度にという限定的容認論です。
    あまり欲を抑制すると、息苦しくなりますよね。私達の日常生活においては、「何事も適度に」にという解釈でいいのではないでしょうか?
    お酒も限度を越えると毒になりますが、適度に楽しむと身体的にも精神的にも薬となります。何事も度を越えずに適度に保ちたいものですね。
    今日も素晴らしい投稿をありがとうございます。

    • ゆーみん ゆーみん より:

      おはようございます。そうですね。カトリック、仏教、イスラム教は欲を戒め、プロテスタントは限定的に容認していますね。
      とても分かりやすく補足して頂き、ありがたいです。
      何事も適度にって、本当に大切な事だと思います。私も度を越えないよう節度を守って、欲と向き合っていこうと思います。
      今日もコメントを寄せて下さり、ありがとうございました。

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