心に余裕を持つと、良い選択肢が増えるというお話

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おはようございます。
開運セラピストのゆーみんです。

 

昨日は本当に素晴らしい青空で、快晴でした。
お天気がいいとモチベーションが上がりますね。

 

さて、早いもので3月を迎えました。
きっと春休みを迎えた学生さんもいる事でしょう。

 

遠い昔、子供たちが長期の休みに入るとちょっと面倒だなって思う時期がありました。

 

お昼の準備とか、食事の心配があるからです。
でも、そんな心配がなくなった今は、とても懐かしいなと思います。

 

一緒に食卓を囲める時間は、案外短いものです。
子供達の成長と共に、親の役割は減っていくもの・・・。

 

そう考えると、親と過ごせる時間もカウントダウンに入っています。
今目の前にいる母親との時間を大事にしたい・・。

 

今は心からそう願っています。
今日は『幸せ』について、気づいたことを書いていきますね。

幸せになれない芸能人から学ぶ事

今日は朝活で、平成の大横綱と呼ばれた『貴乃花』さんの話題が出ました。

 

貴乃花さんは早くから出世をし、横綱として最高の相撲を取った力士として、本当に人気がありました。

 

片足を負傷しながら優勝した時は、当時の小泉首相から、
『痛みに耐えてよく頑張った。感動した!』と賛辞を贈られました。

 

しかし、彼の現在の姿はどうでしょうか?
彼は母や兄と断絶し、妻とは離婚し、子供とも絶縁しています。

 

大好きな相撲界にもいられなくなりました。
なぜ、こんなことになってしまったのでしょう?

 

普通、大横綱と呼ばれた人は、相撲界に残ってそれなりのことが出来るはずです。

 

でも、彼はそうできなかったのです。
その理由は何でしょうか?

 

それは、周りと『信じていたものが違う』のです。
貴乃花さんは、『正しいか、正しくないか』の基準で生きてこられたのです。

 

そうなると、白か黒の世界
こうあるべきだという目で、全てを見ておられたのではないでしょうか?

 

親とはこうあるべき・・
人間とはこうあるべき・・・
弟子はこうあるべき・・・
子供とはこうあるべき・・・

 

「相撲道とはこうあるべき・・・」

 

このように全て自分の基準で、正しいか正しくないかの基準で見ていたから、周りとの協調が取れなくなっていったのです。

 

こうなると周りとの軋轢を生み、人を「許せない」状況になってしまうと思います。

 

勿論、感謝の気持ちもあったと思うし、彼は喧嘩をしようと思った訳ではないのかもしれません。

 

でも、正しいか正しくないかで判断すると、
そこに「固定観念」が生まれてしまうのです。

 

若い頃にこれが定着すると、なかなか元に戻せません。
正義感で行動しても、結局人を傷つけてしまうのです。

 

固定観念は誰でも持っているものです。
だから貴乃花さんから学ぶことは、たくさんあると思います。

判断基準に迷ったら?

昔、赤穂浪士のお話が美徳とされました。

 

戸城松之大廊下で、吉良上野介義央に切りつけたとして、
浅野内匠頭が切腹に処せられた事件がありました。

 

家臣たちが本所の吉良邸に討ち入りし、47名全員が打ち首になったという事件です。

武士は自分が信じた殿様の為に命を奉げる事が美徳。
そこには「正しいか、正しくないか」の判断基準しかありません。

 

忠誠を誓って行動した結果が、自分の死を招くとは悲しいです。
これは昔の話ですが、現代でもありうることではないでしょうか?

 

上司は死んでしまったけど、自分はその分まで大切な命を全うしようという選択肢もあったはずです。

 

でも、固定観念があるとそういう選択肢は浮かばないのです。
では、一体どうしたらよいのでしょうか?

 

そのような時は、「楽しいか、楽しくないか」という判断基準で選んでいったら良いのです。

 

その上で、楽しい方を選んだ場合、それが周りの人にどんな影響を及ぼすだろうと考えてみることが必要です。

 

自分だけが楽しむのも良いでしょう。
でも、自分が喜べば、周りの人も幸せな感情を抱くのではないでしょうか?

 

私達は常に一定の周波数を持っています。
私達の感情が喜び、楽しみ、幸せな感情を持ち続けると、周りも必ず同化してきます。

 

自分を最高の状態に置く事で、まわりまわって人も幸せにすることが出来るのです。

まとめ

今日は自分が持っている固定観念をチェックして、人を裁いていないか時にはチェックする事も大事だという事をお伝えしました。

 

真面目はとても大事な個性だと思います。
貴乃花親方も赤穂浪士の家臣たちも、真面目さにおいては素晴らしいものを持っていると思います。

 

でも、心に遊びがないのです。
楽しむことを知らないと、自分が信じた道を突き進む事しか選択肢がなくなってしまいます。

 

こんなことを言ったら、相手がどう思うかな?
私はこう思うけど、なぜあの人は違う行動をするのかな?

 

常に一歩下がって、相手の気持ち(立場)になって考える事が必要です。
その人の気持ちに一度寄り添ってみるという事です。

 

そうすれば、無駄な怒りを感じずに済むし、
この人は違うと思えば、そっと去ることも出来るからです。

 

自分の気持ちに正直になって、心に余裕を持ちましょう。
そして、正しいか正しくないかで人を裁いていないかチェックしてみましょう。

 

今日も応援しています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

コメント

  1. 貴乃花の話、面白かったです。正しいか正しくないか…西洋的、キリスト教的な価値判断ですね。キリスト教国は「罪」の文化です。正しいのか、正しくないのか。欧米はこの価値判断ですべて裁きます。東京裁判も彼等の価値基準に基づいて裁きました。
    逆に赤穂浪士は、まさに日本的な価値基準「恥」の文化です。家臣として、男として、人間として、生き恥をさらす気か!主君の恨みを晴らさずして、生きるなど武士たるもの…という日本独特の文化です。
    貴乃花は、恥の文化の社会に罪の文化で挑んだ訳です。どちらが正しいとか間違っているとかは言えませんが、理解されなかったのは当然といえば当然のことですね!
    今日は、具体的で対照的な題材を出して頂き、とて楽しく読ませて頂きました。
    あっ、一点訂正させて頂きますが、赤穂浪士は打ち首ではなく切腹です。打ち首は、大罪を犯した者に対してですが、幕府は、家臣としての所業あっぱれとして、名誉の切腹を命じました。ごめんなさい、訂正させて頂きました。

    • ゆーみん ゆーみん より:

      おはようございます。赤穂浪士は切腹でしたか。訂正して下さり、助かりました。ありがとうございます。
      とても大事な事ですよね。西洋は罪の文化、日本は恥の文化という点で、私も再度学ばせて頂きました。
      貴乃花さんは両方に挑んでしまったのですね。理解が深まりました。
      貴重なメッセージを、今日もありがとうございました。

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