始めと終わりを丁寧にすると、幸せになります。

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おはようございます。
開運セラピストのゆーみんです。

 

昨日は宮城、福島で、震度6強の地震があったとニュースを見て知り、本当に驚きました。

 

東北は10年前にも大きな津波を経験しているだけに、なぜ?という思いが頭をよぎります。

 

そして、災害の2文字を見るたびに、大切な命がこれ以上失われない事を願ってやみません。

 

決して他人事で済ませてはいけない・・!!
本当にそう思います。

 

でも、この地震大国に住んでいる以上、いつかは津波や噴火、地震がいつ来てもおかしくないという事を、心のどこかで覚悟すべきです。

 

起こらない事を祈りたいけど、よその国のことのように考えていてはいけないと感じます。

 

いつ、災害が訪れても、慌てたり、パニックにならないよなうな心構えを持つ事が、今の私に出来る緊急課題だと思っています。

冬山で死ぬ人とは?

昨日の朝会で聞いたお話です。

 

登山家のKさんが教えて下さったのですが、冬山で亡くなる人は、決して食料がなくなったとか、寒さで死ぬのではないそうです。

 

食べ物も、防寒着も十分そろっているのに、なぜ冬山で亡くなってしまうのか・・・?

 

それにはある理由があります。
Kさんによると、死ぬ一番の原因は「諦めること」だそうです。

 

心が乱れ、不安になると死に一歩近づいてしまうのだそうです。
だから、常に「覚悟」しておくことが重要です。

 

もしかしたら明日死ぬかもしれない・・・
災害に巻き込まれるかもしれない・・・

 

勿論何も起こらない方が良いに決まっています。

 

でも最悪な事態に遭遇した時、「覚悟」があると、それなりに冷静になり、次の行動に対処するようになるのではないでしょうか?

 

むやみにパニックになったり、不安で押しつぶされることなく、今目の前の現実を冷静に判断できるようになります。

 

数年前に、タイの洞窟で閉じ込められた少年達と、その指導者が救出されたというニュースがありました。

 

救出されるまでに11日間かかりましたが、全員生還できたのは、心をパニックにさせない様に、大人が子供に瞑想を教えたからだと言います。

 

それくらい心を落ち着ける事が大事なのです。

 

災害が確実に起こるという事を覚悟しておかないと、直面した時にパニックになってしまう事でしょう。

 

この話を聞いて、私は自分が学んでいる瞑想(丹田呼吸法)は、これからの時代にとても重要になると確信しました。

 

もし、この呼吸法を多くの人が知れば、万が一緊急事態に巻き込まれたときも、慌てずに心を落ち着けて過ごせるのではないかと思います。

本を忘れず末を乱さず

そして、こんな事も朝活で教えて頂きました。

 

本を忘れず、末を乱さず
これは50年以上前に書かれた万人幸福の栞の第13条の言葉です。

 

どういう事かというと、初心を忘れずに、すべてのあと始末に注意を払いなさい」という事です。

 

私達は、枝葉の事には気をつけますが、何事についても初心を忘れてしまいがちです。

 

初めは注意深くしっかりするけれど、終わりはどうにでもなれ・・といい加減になってしまう事が多いのではないでしょうか?

 

終始一貫という事は、成功の秘訣と言われていますが、これが出来ないのは、皆初心である本(もと)を忘れるからなのです。

 

だから、応援してくれた人や、自分が今日まで生きてこられたことに全て感謝して、「恩を忘れない事」が最も大事なのです。

 

食物も、衣服も、たった一本の手にしているボールペンも、自分の力で出来たものではありません。

 

実は私達も、父母のお陰でこの世に出て来ることが出来たのです。
一人では何一つ生み出せず、私たちは幾百千乗の恩の中で生きています

 

そして、「最も大切な、我が命の根元は、両親である。」
このようにはっきりと書かれています。

 

私はこの1行を見て、この勉強会に参加して本当に良かったと思いました。

 

親を尊敬し、大切にするのは、親が偉いからではなく、世の中にただ一人の私の親だからです。

 

私の命の根元(もと)であり、むしろ私自身の命である親だからです。
親を通して自分の生命の根元にさかのぼれば、そこに神仏の姿が見えます。

 

親孝行をするのはもはや当たり前の事。
そして「恩を返す生き方」が、神仏が喜ぶ事だと私は思います。

まとめ

「立つ鳥は跡をにごさず」という言葉があります。
後片付けをせず、使った道具の手入れをせず、靴を揃えない・・・。

 

こうしたことは、単なる作法が悪いとうだけでなく、実はこれをしない事が、色々の不幸の原因となると書いてあります。

 

これも私にとって、ある意味衝撃的な言葉でした。
あらゆる不幸の原因が、片付けをしないという事にあるのです。

 

例えば、もう相当の年齢になっても、トイレをするのに所と時を選ばないでしてしまう子供がいたとします。

 

困りぬいた挙句、すべての後始末をする決心をして、両親がその生活を変えた時、ぴたりとこれが直ったという事があります。

 

物事の終わりにだらしないと、良い所までいって崩れると言います。
全てが心の反映に過ぎないという事です。

 

だから、すべて物事の終わりをきちんと全うするように、普段から心掛ける必要がありますね。

 

日常の中で、きちんと靴を揃える、トイレの蓋を閉める、使ったものは元の場所にしまう、物を丁寧に扱ってお礼を言う。

 

小さなことでも良いと思います。
終わりよければすべてよし・・ということわざもありますね。

 

人に迷惑をかけない様に、日常の中で出来る事を実践していきましょう。
今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント

  1. とても共感できる投稿をありがとうございます。
    死ぬかもしれない時に、心を無にすることはとても大切なことですね。僕も最近瞑想をするようになって、癌で死を覚悟してすべてを吹っ切った時の感覚に近いものを感じています。すべてを受け入れる無の境地は、決して諦めて死を受け入れることではなく、根拠のない自信で、決して最後まで諦めない、取り乱さないことです。
    そして、始めと終わりの大切さ、まさにその通りです。終始一貫!物事を成就させるためには、絶対に必要なことです!
    始め良ければ終わり良し!
    終わり良ければすべて良し!
    いわゆる終始一貫の大切さを表す言葉ですね!
    いつも親孝行されてる、ゆーみんさん。とても素敵で大切なことを継続して実践しているなと、いつも感じています。これからもその澄んだ心を持ち続けて下さいね!

    • ゆーみん ゆーみん より:

      小笠原さん、コメントありがとうございます。
      澄んだ心・・・なんて言って下さり、とても嬉しいです。
      私は、「根拠のない自信」はとても大事だと思います。
      それは神様を心から信じ、信頼し、安心して身を委ねているという事に繋がるからです。
      それが「無の境地」となり、諦めない心、強い自分に生まれ変わることが出来たのですね!(素晴らしいです)
      これからも、根拠のない自信をもっと深めていってくださいね。
      私も継続、実践が出来るように頑張ります。

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